パテントコラム

2022年4月

【Topic.1】判例紹介:「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」事件

本件の事件番号は、平成30年(行ヒ)第69号で、判決は、最高裁判所第三小法廷により、令和元年8月27日に言い渡されました。
本件は、発明の進歩性判断における顕著な効果に関するもので、原審(知的財産高等裁判所平成29年(行ケ)第10003号)の原判決を破棄して差し戻しており(差し戻し審の事件番号:知的財産高等裁判所令和元年(行ケ)第10118号)、知的財産の分野では数少ない最高裁判所判決として大事な判決です。
まず、上記原判決において、知的財産高等裁判所第4部は、次のように判示して、本件発明の進歩性を否定しました(下線は筆者による,以下同様)。
「本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」
これに対し、本件判決では、裁判官は次のように判示して、原判決を破棄しました。
「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」
つまり、進歩性を肯定するための発明の顕著な効果(ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果)は、同様な効果を奏する他のもの(本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物)の基準日(優先日)前における存在をもって直ちに否定されず、その発明の構成が奏するものとして当該構成から当業者が予測可能な範囲を超えるものか否かという観点からなされるべき、と最高裁判所は示したのです。
尚、本件判決を受けて、「特許・実用新案審査基準」第III部 第2章 第2節「進歩性」の改訂がなされました(参考:特許庁HP「審査基準の改訂について」

当該改訂後の審査基準は、令和2年12月16日以降の審査に適用されます。
又、上述の差し戻し審において、知的財産高等裁判所第2部により、令和2年6月17日に、発明の顕著な効果を認めて進歩性を肯定する判決がなされています。そして、この判決に対し、上告受理申し立てがなされているとのことです。