パテントコラム

2021年7月

【Topic.1】裁判例紹介:「美肌ローラ」事件

本件の事件番号は、平成29年(ネ)第10086号で、判決は、知財高裁第3部により、平成30年12月18日に言い渡されました。
本件は、特許権の行使(侵害訴訟の提起)を侵害訴訟原告から受けて侵害訴訟被告が無効審判を特許庁に請求し、請求不成立審決(特許維持審決)を受けた場合に関し、侵害訴訟被告が不利益を被ったものであり、侵害訴訟被告にとって大事な判決です。
しかも、数年後の別事件で、「美肌ローラ」事件の判決を参照できたはずなのに、同じ理由で侵害訴訟被告が不利益を被った判決が出ており、意外と忘れがちな内容かも知れず、紹介いたします。尚、当該別事件は、知財高裁第4部、平成31年(ネ)第10009号、令和元年6月27日判決言渡、いわゆる「薬剤分包用ロールペーパ」事件です。
ポイントは、侵害訴訟被告は、特許維持審決に対し審決取消訴訟を提起せず、特許維持審決を確定させた場合、侵害訴訟において、実質的に同一の無効理由に基づく無効の抗弁を行えない、ことです。
本件判決では、裁判官は次のように判示しました。
「特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。」
つまり、侵害訴訟とダブルトラックとなる無効審判で特許維持審決が出て更に争わないのに、侵害訴訟で無効審判と同一内容で争うことは、民事訴訟法2条の趣旨(訴訟上の信義則)に反し許されない、とされます。
従って、侵害訴訟被告は、侵害訴訟が続いている状況で特許維持審決が出た場合、審決取消訴訟を起こすことが基本になります。
更に発展的に考えれば、侵害訴訟被告は、侵害訴訟が続いている状況で審決取消訴訟で敗訴した(特許維持判決を得た)場合、上告受理申立てをして審決取消訴訟を確定させないことが基本になります。
又、本件とは状況が異なりますが、無効審判において採用されたクレーム解釈であれば、非侵害を主張でき、特許が維持されても良い、というような場合においても、そのクレーム解釈を侵害訴訟で主張するために、審決を確定させない、という配慮が必要になりそうです。
侵害訴訟を受けそうな際には、ここで紹介した内容を思い出していただければ幸いです。