2023年12月
【Topic.1】判例紹介:「コメント配信システム」事件
本件の事件番号は、令和4年(ネ)第10046号で、判決は、知的財産高等裁判所の大合議に係る特別部により、令和5年5月26日に言い渡されました。
本件は、株式会社ドワンゴによる、2社を被告とした、特許第6526304号(本件特許)の特許権(本件特許権)に基づく侵害差止等請求控訴事件です。
本件特許の請求項1の発明(本件発明)は、「サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、・・・前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、・・・前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び第2コメントと、が・・・表示される、コメント配信システム」となっています。かように動画に重なって水平移動するコメントが表示されるサービスには、原告の提供するニコニコ動画があります。上で引用した画像は、コメントが多すぎ盛り上がりすぎて動画が隠れてしまう「弾幕」が発生したニコニコ動画の様子を示すものです。通常は、コメントの数が少なく、動画が視認できます。尚、ニコニコ動画では、コメントは、右から左へ流れ、又他のコメントと移動速度が異なることがあります。
本判決では、様々な重要論点に対する多くの判示がなされておりますが、ここでは米国会社の被告に対する本件特許権の行使に係る属地主義の論点に絞って簡単にご紹介いたします。
被告の行為の概要として、関係するサーバは全て米国にあり、ユーザは、ユーザ端末のブラウザにより被告のウェブページにアクセスすると、動画のサムネイル及び再生ボタンを有するウェブページがまず表示されると共に、動画ファイル及びコメントファイルのリクエストがサーバに対してなされ、サーバは、リクエストに応じてこれらファイルを送信し、ブラウザがこれらファイルを受信します。そして、ユーザが再生ボタンに対する入力を行うと、ユーザ端末のブラウザで水平移動するコメント付きの動画が表示されます。
かような行為は本件発明の実施に相当し得るものの、サーバが日本国外にあることから、日本国の特許権の効力が日本国の領域内においてのみ認められるという属地主義の原則が、論点となります。
原審判決(令和4年3月24日、令和元年(ワ)25152号、全部棄却)では、物の発明の実施としての生産は、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうと解され、属地主義の原則からは、生産は、日本国内に限定されると解されるのが相当であり、生産に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである、と判示して、被告の行為は、生産に当たらず、本件特許権を侵害しないものとしました。
これに対し、本件判決は、物の生産は、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうとしつつ、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(ネットワーク型システム)の発明における生産とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有することになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される、と判示しました。
更に、本件判決は、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、生産に該当するか否かについては、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、生産に該当すると解するのが相当である、としました。
加えて、本件判決は、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に発明の実施に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって妥当ではない、とする一方、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に実施に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない、としました。
そして、被告の行為について、具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送受信は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システムが完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができ、また国内に存在するユーザ端末は、本件発明の主要な機能(動画上に表示されるコメント同士の重ならない位置への表示)を果たしており、更に被告システムは、ユーザ端末を解して国内から利用可能で、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明の効果が国内で発現していて、その国内における利用は、控訴人(原審原告)が本件発明に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものとして、本件発明の実施行為としての生産に該当するものと判示しました。
かように、ネットワーク型システムの発明に係る特許権の侵害の局面では、総合判断となるものの、発明の一部の要素が日本国外にあることのみをもって、直ちに属地主義の原則により侵害を否定されることはない傾向が極めて強くなりましたので、注意が必要です。