パテントコラム

2024年12月

【Topic.1】判例紹介:「電鋳管」事件

本件の事件番号は、令和3年(行ケ)第10140号で、判決は、知的財産高等裁判所第4部により、令和4年11月16日に言い渡されました。
本件は、「電鋳管の製造方法及び電鋳管」の特許第3889689号(本件特許)の特許権(本件特許権)に係る無効審判(無効2019-800099号事件)の無効審判請求の不成立審決に対する審決取消請求事件です。
以下では、審決において、物の発明を製法で特定する場合に係るプロダクトバイプロセス(PBP)クレームについての明確性欠如の無効理由が認められず、本件判決において覆って、PBPクレームについての明確性欠如の無効理由有り(審決取消認容)とされた、本件特許の請求項6の発明(本件発明6)について紹介いたします。

本件発明6は、電鋳管(物)の発明であり、製造方法による特定を含んでいます(下線は筆者による)。
【請求項6】外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方又は両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される電鋳管であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導率が高いものとし、
前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞物の肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする、電鋳管。

特許庁の審決は、本件発明6につき、次のように明確性を認めました。即ち、請求項6の細線材の抜き取り方法に関する記載は、電鋳により製造された微細な管の構造又は特性として、細線材が適切に除去されており、電鋳管がコンタクトプローブ用の管等として使用可能な程度の内面精度を有しているとの構造又は特性を表していると解釈することができる。又、本件発明6の物の製造方法の特定により達成される上記内面精度の構造又は特性を、本件明細書の記載からでは、どのように直接特定すれば的確に表現できそうであるかを想定することができないし、かつ、本件特許発明の出願時において、これら構造又は特性を的確に直接特定することが一般に知られていたとも認められないから、当該電鋳管をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でない事情が存在したともいえる。
ここで、上述の直接特定の不可能・非実際的事情の基準は、「プラバスタチンナトリウム」事件平成27年6月5日最高裁第二小法廷判決(平成24年(受)第1204号)の基準であり、当該事情が存在する場合に限り、PBPクレームが明確性要件に適合する、とするものです。

これに対し、本件判決では、当該最高裁判決を踏まえつつ更に内容を付加したPBPクレームの明確性要件の判断基準を示し、その判断基準を本件の事案に当て嵌めて、本件発明6の明確性を否定しました。
即ち、本件判決では、判断基準として、まず、上記最高裁判決を引用し、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう『発明が明確であること』という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる」としました。
次いで、判断基準の付け加えとして、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、………出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される」ことを示しました。
そして、当て嵌めでは、上記一義的に明らかな場合について、本件発明6での製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性、具体的には被告が主張する電鋳管の内面精度が、特許請求の範囲の記載からは明らかでないことはいうまでもなく、本件明細書には、本件発明6の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされておらず、細線材を除去する方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もなく、更に、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められないことから、本件発明6の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない、としました。又、本件発明6の電鋳管に係る不可能・非実際的事情に関し、被告はこのような事情が存在しないことは認めている、としました。そして、本件発明6は明確であるということはできない、としました。

本件判例は、PBPクレームの明確性要件につき、最高裁判決に係る不可能・非実際的事情の基準一辺倒ではなく、製造方法により製造される物の構造又は特性が、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかか否かという基準も存在することを明確に示したものであり、PBPクレームの発明の明確性に関し指針となる判示を行ったものと言えそうです。
尚、特許庁の審査ハンドブックにおける2204「物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合」に該当するか否かについての判断の欄において、「当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか」が明らかであるときには、審査官は、「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するとの理由で明確性要件違反とはしない旨、記載されています。